行くぞ!アンコールワット編
No.6
メイドインジャパン列車でアユタヤへ2002.9月28日(土)ポイペト−バンコク−アユタヤ |
起きろ!!出発するぞっ |
朝7時、突然ドアをノックされた。 ”おまえら、出発するから外に出て来い!!” あれ?確か集合は9時だったはず。なんだかわからないが言われるがままに急いで荷物をパックして外へ出る。そこには同じように突然起こされた同じバスの乗客がすでに数人集まっていた。どうやら昨日、同じバスの日本人2人組みが”もっと早く出発しろ”とクレームしたらしく、それで突然出発時間が早まったようだ。その2人組みはどうしても午前中までにバンコクに帰らなければならないらしい。出発時間が早まるんだったら、昨日のうちに教えてくれよ!!朝突然集合をかけるという頭の悪いやり方のおかげで、全員集合するのに1時間くらいかかった。もうその2人組みはカンカン。6時半からずっと待っていたらしい。それなのに出発は8時過ぎだもんなぁ。しかも荷物をバスの席において外で待っていたら、あとからきた超自己中欧米人に荷物を地面に落とされて席をうばわれたもんだから、完全にぶちギレ。欧米人も ”どうせ国境まですぐなんだから別にいいじゃん” という態度。サイテーだこいつら。そんな険悪なムードのなかバスは国境に向けて出発。 |
パクられたっ!! |
国境付近には怪しい連中や物乞いの子供が多い。国境ゲートで順番待ちをしていたら、なにやら自分の後ろにぴたっと張り付いてるおっさんに気づく。なんだこのおっさん、と振り返ってみると、なんと自分のバッグが開けられていた。おっさんはササっと逃げていったが、幸い何も取られずにすんだ。いつもはバックにカギをかけているのだが、今日は朝慌てていたのもあってカギをかけ忘れてしまっていた。タイに入ってから、危険な雰囲気が全然感じられなかったのでちょっと油断していた。気を引き締めないと。 と言ってるそばからやられてしまった。国境を越えてタイに再入国した直後から、ハングリーな子供たちに取り囲まれた。それもそのはず、実はバックの脇にビスケットの箱をくくりつけていたのだ。子供たちはビスケットを指差して ”これちょーだい、にゃむにゃむ” と、ずっと付きまとってくる。まあ別にあげても良かったのだが、あげてしまうと他の子供たちも寄ってきてしまうと思って、無視していた。が、気づいたら見事にビスケットが消えていた。いやぁ、やられちゃったよ。まあ、おなかをすかせた子供達のなかを、お菓子を身につけて歩くほうがアホでした。まさに鴨ネギ状態。 |
タイの列車は日本製 |
結局バンコクのカオサンには午後1時前に到着。本当は今日日帰りでアユタヤを見に行く予定だったが、さすがにこの時間から日帰りで行くのはちょっとつらいので、今日はとりあえずアユタヤに行って明日観光することに。バンコクはもう見れないかもしれない。明日の真夜中に韓国に向かう予定なので、タイは明日で最後。明日夕方にバンコクに帰ってくれば、少しはバンコクで遊べるかも。
アユタヤ行きの鉄道は、ほぼ1時間後。料金はたったの15B。プラットホームで列車を見てると、なんとこの列車 ”昭和46年富士重工製” と書いてある。おそらく日本で使われなくなった列車がここで働いているのだろう。車内にもところどころに日本語が残っていた。そういえばカンボシアでも、いつの時代のものかわからない日本のバスが走っていた。またニュージーランドでも日本の路線バスがそのまま使われていると聞いたことがある。日本の中古品は世界中で使われているのか? |
今日は豪華にエアコン付きルーム |
アユタヤには午後6時過ぎに到着。タイ最後の日ぐらいエアコン付きの部屋に泊まりたい、ということで安めのエアコン付きルームがある宿に。せっかくエアコン付きの宿の泊まったのに、激しいスコールが降ったせいか今夜はかなり涼しくエアコン付ける意味があまりない。しかし窓を締め切って無理やりエアコンかけまくった。今夜のスコールは本当に激しく、宿の雨漏りも激しかった。そんなスコールを見ながらいつも通りビールを飲んで、タイ最後の夜は更けていった。 |
めも | ||||
1B(バーツ)≒3円 |
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